理事長の橋詰です。12月度定例会(2019/12/12)のレポートです。

はじめに

2019年12月、緩やかな暖冬の中今年最後となるMCEI大阪定例会を向かえた。今回のテーマは、みらいごはんー2050年の食生活を支えるしくみ創りーである。MCEI大阪には2000年以降20年間協力いただいている田中浩子氏の登壇である。田中氏は立命館大学 食マネジメント学部で教授を務めながら、「八剣伝」でおなじみのマルシェ株式会社と業務用冷凍庫を製造するフクシマガリレイ株式会社で社外取締役を「担っている。「栄養」と「経営」二つの視点から「社会実装研究」をまさに実践している。30歳代前半にフリーランスの栄養士としてスタートした時、栄養士の「マーケティング力の弱さ」であった。「食べる楽しさと大切さを伝えるしくみ創り」これが田中氏の現在に至る原点となっている。

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ここで今回のテーマに在る2050年を展望してみたい。世界人口は現在の77億人から2050年には97億人、2100年に109億人に増加すると推計する報告書が国連によって発表されている。同時に2100年をピークとして減少し始める可能性も指摘している。この50年までの増加のうちインド、ナイジェリア,コンゴ(旧ザイール)など9カ国が全体の50%超を占める。インドの人口は27年頃中国を抜いて世界一となる見込みである。環境・気候変動については、人為的な温室ガスの排出量が2030年まで増え続け、2030年をピークに減少するものの、炭素循環フィードバックやアイス・アルベド・フィードバックなど気候プロセス上の要因も加わり、2050年までに3度上昇する。1.5度の上昇で西南極の氷床が融解し、2度の上昇でグリーンランドの氷床が融解する。2100年には18世紀の産業革命前に比べて6度〜7度上昇するという悲観的な予測を出すフランスの研究者もいるが、2060年までにカーボンオフセットにより相殺が可能となれば、1.5度の上昇にとどめられる。こうした異常気象は食料の供給を不安定にし、人口が97億人に達すると予測される2050年には穀物価格が最大23%上昇する可能性も指摘される。ただ単純に農地を増やせるかといえば、そうでもなく農業は異常気象の影響を受ける一方で、家畜を飼育し窒素肥料を使用することで、大量の温室ガスを出す、排出源でもあるのだ。技術では2045年にAIが人類の知性を上回るシンギュラリティに到達し、2050年に地球と宇宙をつなぐ「宇宙エレベーター」が実現、脳に電気信号を読み取るチップの埋め込みが普及、目の細胞に外部信号を送ることで、盲目の人が見えるようになる、富裕層は子供の遺伝子構造を選択できる、など様々な分野で予測されるが実現の振幅は大きいと思われる。これを進歩と単純にとらえられない複雑な様相である。

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2050年の世界経済は

ここで2050年に向けての世界経済について触れておく。2042年までに世界経済の規模は倍増する。中国はすでに購買力平価(PPP)ベースのGDPが米国を抜き世界最大の経済大国になっている。購買力平価とは為替レートの決定メカニズムの一つで、ある国の通貨建ての資金の購買力が、他の国でも等しい水準となるように、為替レートが決定されるという考え方。モノの価格に注目して外国為替レートの変動を説明する理論で、1921年にスエーデンの経済学者、グスタフ・カッセルが提唱した。英語の「Purchasing Power Parity」の頭文字を「とってPPPと呼ばれている。また市場為替レート(MER)ベースでも2030年までに世界最大となる。

2017年2月以降世界の経済は現在の先進国から新興国へシフトする長期的な動きが2050年まで続くと見込まれている。2050年までに主要経済大国7カ国の内6カ国は現在の新興国が占める見込みである。2050年までにインドは米国を抜き世界第2位、インドネシアは第四位の経済大国となり、日本、ドイツなどの先進国を抜き去る見込みである。ベトナムは2050年までに世界で最も高成長を遂げる経済大国となり、予測されるGDPの世界での順位は第20位に上昇する。コロンビアとポーランドは、それぞれの地域(中南米とEU)で最も高成長を遂げる経済大国となる可能性がる。トルコは、政治不安を払拭し経済改革を推進すれば2030年までにイタリアを抜く可能性がある。ナイジェリア、南アフリカ共和国、エジプトは自国経済の多角化、ガバナンス水準向上、とインフラ改善の前提条件を実現すれば年平均成長率4%前後の成長を2050年までの間維持できる。EU加盟国27カ国の世界GDPに占める割合は2050年までに10%未満へと低下するが、英国は、Brexit(ブレグレジット)後も貿易、投資、人材の受け入れにオープンであれば、成長率においてはEU27カ国平均を長期間上回る可能性はある。世界経済は今後2050年までに年平均実質成長率約2.5%のペースで成長し、その経済規模は2042年までに倍増すると予想される。その成長の主な牽引役となるのは、新興市場と開発途上国となる。E7(ブラジル、中国、インド、インドネシア、メキシコ、ロシア、トルコの新興7カ国)は今後34年間、年平均3.5%のペースで成長し、G7(カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、日本、イギリス、アメリカ)はわずか1.6%程度の成長にとどまる。E7のGDPにおけるシェアは2050年までに約50%上昇し、G7のシェアはわずか20%強にまで縮小する。ただ一人当たりのGDP順位は、2050年でもE7よりも高くなる見込みで、新興国の所得格差が収斂するのは2050年以降も時間が掛かる見込みだ。しかし、技術革新が高度なスキルを持つ人材と資本家に優位に働くことから、各国の所得格差が拡大し続ける可能性もある。

世界経済の成長は2020年まで年平均3.5%で推移したあと鈍化し、2020年代は約2.7%、2040年代は約2.4%と予想される。これは多くの先進国が労働人口の著しい減少に見舞われるためで、同時に新興国の市場が成熟し、キャッチアップ型の急成長が困難となり、成長率が鈍化するのだ。新興国は自国の潜在力を実現するために、教育・インフラ・技術への持続的で効果的な投資が必要となる。新興国経済の多角化が重要であり、政治、経済、法律、社会面の諸制度を確立しイノベーション、起業家精神の創出に取り組む必要がある。

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食料自給率について

日本の食料自給率は2018年度、過去最低にまで落ち込んだことが明らかになった。日本の食料生産は危機的な状況に陥りつつある。一方世界では、旱魃や豪雨などの異常気象が頻発し、食糧生産が不安定になることが指摘されている。食糧自給率とは国内の食料消費が国産でどの程度賄えているかを示す指標で、総合食料自給率と品種別食料自給率の二種類があり、基本的には総合食料自給率のことを指す。この総合食料自給率は熱量で計算する「カロリーベース」と、金額で計算する「生産額ベース」があり、日本ではこの二つの基準が長期的に低下している。2017年度の指標だが、日本のカロリーベース総合食料自給率(一日一人当たり国産供給熱量を一人一日当たり供給熱量で割った指標)は38%であった。この時点で私たち日本人は食べ物の62%を海外からの輸入に頼っていることになる。ちなみに生産額ベース(食料の国内生産額を食料の国内消費仕向額で割った指標)は66%であった。他の先進国に比べても、日本の水準は最低である。食料自給率トップのカナダは200%を超え、続くオーストラリア、アメリカ、フランスも100%を超えている。しかし、品目別食料自給率で見ると、日本も米は100%、野菜は79%自給しており、全ての食料を輸入に依存仕手いる訳ではなく、また生産額ベース(66%)で自給率を考えると、日本と他の先進国の差は縮小する。

第二次世界大戦終戦直後の1946年度(昭和21年)の日本の食料自給率は88%で、その後緩やかに下降し続け1989年(平成元年)に50%を割り込み、2000年代に入り40%前後の横ばいで推移したが2017年度に38%に下降したのだ。日本の食料自給率の低下の原因は、戦後の復興に伴い国内生産が主であった米・野菜が中心の日本食から欧米化した食事にシフトしたことから、海外からの輸入による小麦や飼料や原料の多くを輸入に頼る畜産物(肉類)や油脂類の消費が増加したことである。まさに“食生活の変化”がその大きな要因となったのだ。中でも飼料を含む穀物全体の自給率の低さは日本の特徴としてあげられ、特に畜産物(肉・卵・乳製品)に影響を与える例えば牛肉1sにはその10倍の11sの穀物飼料が必要なのだ。この飼料を含む穀物全体の自給率は28%である。

田中氏によると日本の食生活は第二次世界大戦後に大幅な改善がなされた、戦後の飢餓・低栄養からの脱出である。その後1975年(昭和50年)頃から米飯を主食として、魚介類と肉類を半々に出現させ、季節の野菜や乾物類を副菜とし卵、牛乳を加えた変化に富んだ献立を作り出した。「一汁一菜」、「一汁三菜」の日本型食生活の確立で、これは世界でも評価された。1964年の東京オリンピックの選手村でのメニューやNHKの「今日の料理」などもこの「日本型食生活」の確立に貢献した。しかし平成に時代が変わっての30年間は生活習慣病の増加など、「日本型食生活」は新たな課題を突き付けられている。

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消費ではなく持続可能な生産へ

今、世界の政策立案者は、長期的かつ持続的な成長を実現するために、多くの課題に直面している。高齢化・気候変動などの構造的な変化に対応するために、持続的に社会貢献できるような労働力の育成や、低炭素技術の促進など、未来を見据えた政策が必要となる。世界貿易の成長鈍化、所得格差の拡大は多くの国で、地政学上の不確実性を増大させている。広範囲な産業で多くの人に機会が提供されるよう、多様性に富んだ経済の実現が急がれる。

世界のエネルギー消費量が2050年に2010年比で80%増となる可能性が予測される。このまま温室効果ガスの排出が増え続け世界の平均気温が18世紀の産業革命前に比べて3〜6度上昇すれば、人類は地球という閉じられたグローブの中で生存のための閾値を狭めていくことになる。人類は、はるか紀元前から文明を育み始めた。その暮らしの起源より、生きられる場所で暮らしてきたのだ。生物としての人は当然生きられる場所、環境でしか生きられる訳がないのだ。人類は食料増産のために数千年にわたり森林を切り開らいて農地に転用してきた。今後さらに森林を伐採すれば、その影響は農業生産に直接跳ね返ることも事実である。今後農業生産の現場には、温室効果ガスを減らす努力を益々求められていく。

日本の国土面積の約7割は森林が占めていて、農地として利用できる面積は限られている。一人当たり農地面積は近年の宅地等への転用と耕作放棄地の増加により、農地面積が最大であった1961年(昭和36年)に比べて、25%減少している。まずは耕作放棄地を蘇らせることが大切だ。農業従事者も2017年時点で平均年齢が67歳と高齢化が進み、新規就農支援制度の充実や農業法人への就職促進など官民で人材確保への取り組みが必要である。この人材確保と同時にロボット技術やICT,AIなどの先端技術を活用した「スマート農業」の実現促進も重要である。また私たちが暮らす地域は、それぞれの土地の気候・地形等の環境に適した食物が栽培され育ってきた。一人一人が地元で獲れた食材を食し、「地産地消」に取り組むことも、日本の食料自給率向上には有効な手立てである。2050年に向けて田中氏は“2050年食生活未来研究会”を立ち上げ活動を始めている。不確実性に富む現在の状況の中では、未来を正確に予測することよりも、それぞれの地域の主体者自らが、望ましい自分の目的に向け、未来を創造していくこと、自分が思い描く“世界“を築いていくことが大切だと語る。まさに”気づくから築く“である!また人口減少社会における生活者としての「マインドセット」も必要であるという。この思考は食を起点とした街づくり、持続可能な街づくりへと続いていく。すでに福井県の小浜市は2001年9月に「食のまちづくり条例」を制定し、2004年には「食育文化都市」を宣言し、食の街づくりを推進している。小浜市は、豊かな自然から得られる食材を、飛鳥、奈良時代には朝廷に献上し、伊勢・志摩、淡路とともに「御食国」(みけつくに)と呼ばれてきたのだ。

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また、日本の食生活は、食べ残しを足元から減らすことも大切で、日本では年間1900万トンも廃棄している。世界では約10億人。7人に1人、アフリカでは3人に1人が飢餓の状態であることを考えれば「食」に対する考え方を改めていくことは、人類の喫緊の課題ともいえる。

最後に、少し長くなるが、私が大きく影響を受けた中尾佐助氏(遺伝育種学・栽培植物学 専攻)の文章を紹介しておきたい。

「文化」というと、すぐ芸術、美術、文学や、学術といったものをアタマに思い浮かべる人が多い。農作物や農業などは“文化圏”の外の存在として認識される。しかし文化という外国語のもとは、英語で「カルチャー」、ドイツ語で「クルツール」の訳語である。この語の元の意味は、いうまでもなく「耕す」ことである。地を耕して作物を育てること、これが文化の原義である。これが日本語になると、もっぱら“心を耕す”方面ばかり考えられて、はじめの意味がきれいに忘れられて、枝先の花である芸術や学問の意味の方が重視されてしまった。しかし、根を忘れて花だけを見ている文化観は、根なし草にひとしい。文化の出発点が耕すことであるという認識は、西欧の学会が数百年にわたり、世界各地の未開社会に接触し調査した結果、あるいは考古学的研究、あるいは書斎における思索などを総合した結論である。人類の文化が、農耕段階にはいるとともに、急激に大発展を起こしてきたことは、まぎれもない事実である。その事実の重要性をよくよく認識すれば、“カルチャー”という言葉で、“文化”を代表させる態度は賢明といえよう。・・・・・中略・・・・人類は、戦争のためよりも、宗教儀礼のためよりも、芸術や学問のためよりも、食べる物を生み出す農業のために、いちばん多くの汗を流してきた。現代とても、やはり農業のために流す汗が、全世界的に見れば、もっとも多いであろう。過去数千年間、そして現在もいぜんとして、農業こそは人間努力の中心的存在である。このように人類文化の根元であり、また文化の過半を占めるともいい得る農業の起源と発達を眺めてみる必要がある。

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農業を、文化としてとらえてみると、そこには驚くばかりの現象が満ち満ちている。ちょうど宗教が生きている文化現象であるように、農業はもちろん生きている文化であって、死体ではない。いや、農業は生きているどころでなく、人間がそれによって生存している文化である。消費する文化でなく、農業は生産する文化である。

会員様、はじめご理解とご協力いただいた皆様に、

本年もMCEI大阪の活動を支えていただきありがとうございます。来年もよろしくお願いいたします。