理事長の橋詰です。9月度定例会(2019/9/12)のレポートです。

はじめに
9月になっても暑さが続く中、関東千葉では台風15号の上陸で停電が続いているエリアがある。この台風による暴風雨、とくに風による被害は予測を超えているようだ。このような状況にもかかわらず、今回は千葉県に在住されているパワープレイス社長前田氏に登壇いただいた。

前田氏は私の記憶によると鹿児島県の出身で、明治大学OBである。1981年に内田洋行入社、1997年エンジニアリングセンター長、2002年事業法人営業部部長、2006年九州支店・支店長、2010年執行役員オフィス環境本部事業部長を経て、2013年よりパワープレイス株式会社副社長、2017年同社代表取締役社長を務めている。
エンジニアリングセンターは前田氏が新規で立ち上げ、事業法人営業部と九州支店では市場活動を推進し、マーケットを拡大してきた。パワープレイス(株)は内田洋行グループで、ファシリティマネジメント、空間デザイン、ICTソリューションを事業内容として、17年前に内田洋行のデザイン部門が独立して出発した。エンパワーメントをテーマとしてパワーが溢れる空間を提案し続けている。前田氏は設立7年後から社長に就任され現在に至っている。

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今月のテーマは「繋がるデザイン」街・人・チームを元気にするリレーションデザインである。ここに集まるデザイナーを前田氏は「拘る 変態デザイナー」と呼ぶ、今回の話はその変態デザイナー達の物語である。パワープレイスはチームが共感する場を多く設けている、チームの発表会も全員参加型で新人は運営でデビューし、共感できる時間を体験しながらそのノリの中でチームの空気に感染していく。ノリが大事だと前田氏は言う、そこにはリレーションという考え方が在りチームの視点として固定され、空間が意味を成し、モノが物語となり社会と繋がっていく。これがパワープレイスのデザインであり、方法である。繋がりが次の繋がりを生み、街やチームや人、そして自分自身が楽しみ元気になっていく。
特に林業における国産材を活用して地域が元気になる活動の輪「日本全国スギダラケ倶楽部」は注目される。

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エンパワーについて
今月のテーマ、リレーションデザインを実現するために、パワープレイスは5つのコトを実践している。「POWER」の実践である。この言葉を紐解いてみる、
P(Professional)専門集団としての活動
O(Originality)豊かな創造性による価値ある場の実現
W(Work Place)「働く」「学ぶ」「集う」場の構築
E(Engineering)トータルエンジニアリングでファシリティ構築と運用を推進
R(Relation)リレーションデザイン
で「エンパワー」を実現する。

ここで今回のテーマで最も関係あるエンパワーについて述べておきたい。
エンパワーは能力開化や権限付与ということで、個人もしくは集団が自らの生活への統御感を獲得し、組織や社会の構造に外殻的な影響を与えるようになることと定義される。この考え方は現在大きな広がりを見せていて、保健医療福祉、教育、企業などの分野で取り入れられていて、そこに関わる人々に夢や希望を与え、勇気づけ、人間が本来持っている生きる力を湧き出させる、湧活という広義の働きを持っている。エンパワーメントはもともと20世紀を代表するブラジルの教育思想家パウロ・フレイルの提唱により社会学的な意味で用いられるようになり、ラテンアメリカを始めとした世界の先住民運動や女性運動さらには広義の市民運動などの場面で実践されるようになった。エンパワーメントの概念における焦点は人間の潜在能力の発揮を可能とし、平等で公平な社会を実現することである。

単に個人や集団の自立を促すだけではないのだ。この概念の基礎を築いた人はジョン・フリードマン〈カリフォルニア大学(UCLA)名誉教授・ブリティッシュコロンビア大学(UBC)名誉教授。世界各国の都市、地域開発の関わる実務家や研究者に、理論と実践の両面で、大きな影響を及ぼしてきたプランニングの巨匠。近年はエンパワーメント、市民社会、世界都市などをめぐる論考で先進国及び途上国の都市・地域開発に新たな視座を開く。〉でエンパワーメントを育む資源として、生活空間、余暇時間、知識と技能、適切な情報、社会組織、社会ネットワーク、労働と生計を立てるための手段、資金、を挙げている。それぞれの要素は相互依存関係にあり、地方自治や弱者の地位向上など下から上へのボトムアップしていく課題克服する中で育まれ、活動のネットワークを生み出し、信頼、自信、責任などの資本を育てていく、これがエンパワーメントの鍵である。

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「場所」の力について
パワープレイスがエネルギーに満ち溢れた活動を展開するのは「場所」である。「場所」には力がある。この場所の力を喚起するものは沢山ある、人間の記憶に働きかける身近にあるささいなモノであったり、環境に関わる温度や湿度や風であったり、建築やインテリアを構成する素材とそれを構成する色彩や調度、いわゆる意匠と呼ぶものである。それらはその場所に関与する人間の受容する力に大きく左右されて「場所」として立ち現れる。どんな記憶(歴史と言ってもよい)を持って、どこに座って、どんな会話を交わすのかによって「場所」はゆらぎ、変化していく。このように「場所」は人間に大きな力を及ぼし、人間もまた「場所」に大きな環境的インパクトを与えているといえる。

私の専門のスペースデザインについて触れてみたい。「デザインとは、見えない力を、見える形にすること」とするならば、「場所」をデザインすることは、人間が潜在的に持っている力をデザインすることに繋がっていく。地表を真っすぐに歩いていくと、もとの地点に戻るはずである。地球は丸く面として閉じているからである。また地表には凹凸があり様々な地形として表れている。人間は農耕を始めて以来、開墾や灌漑で、そして現在に至るまでの都市化でその地表という「場所」に大きな影響を与え続けてきた。また地表に凹凸があるように、空間にも歪みがある。一般相対性理論では、重力は時空の歪みのことである。重力が大きい場所は、空間が大きく歪んでいる場所といえる。この重力の濃い場所が物質であり、電子も太陽も人間も濃厚な「場所」なのだ。DNAが生物の形を決めると言われるが、レシピや設計図だけで料理や機械や建築が再現できないように、そこには職人やシェフや建築家が不可欠のように、<建築こそ唯一技術の進歩とは相関することのない表現領域なのではー坂茂>同じDNAで全く同じ生物が成長するとは限らない。ほとんど全てがクローンである桜の品種、染井吉野でさえ、一本一本の個性や赴きが異なる。それを決めるのは気候や土壌、周辺の植生や環境である。

つまり「場所」の力に他ならない。近代が建築や都市で展開して実現させてきた、隅から隅まで均質である意味開放的で無駄のない、闇のない「場所」は、ともすると退屈な場所となってしまっている。便利になりすぎることが、不便に感じる逆説に転じているとも思われる。かつての日本空間は、踏んではいけない畳の縁や茶室の躙り口、神社の結界、さらには開かずの間など、それが在ることで場所に奥行きや物語を与えてきた。そして力をも与えてきたのだ。
「悪所」にこそ力があったのだ。

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「場所」の力を生み出す「空」と「間」
日本人は漢字の「空」に、「うつ」や「から」などの音を当てた。「うつ」は「空」であると同時に「全」であり、空っぽだからこそ、そこにエネルギーを込めて充実させることができる。
「うつ」からは「うつつ」という言葉が生まれる。うつ=現であり、現実はうつろいゆくものであり、うつろな空間、うつろな時間から日本の場所は捉えどころがなく多様でダイナミックに動くものである。「うつ」から時の変化を意味する「うつろい」が派生したように日本の場所は時間と空間が混然となって未分化である。ここで「間」が重要な概念として浮上する。また「から」は「空」であり「殻」のことである。そこに「ち」、すなわち魂が宿ると「ちから」になる。人が火事場のバカ力のように、完全な力を発揮することはめったにないが、この「ちから」を引き出す場の代表が、相撲の土俵である。天円地方の古代中国の宇宙観(天は丸く、地は方形)や赤房、青房などの陰陽五行のシンボルによって力士の気力と体力が横溢する十五日間の「場所」を出現させる。

また大乗仏教によると「空」の原語はシューニャ、もともとは「からっぽ」という意味である。中が空っぽなまま風船のように「膨れる」という意味を持っている。「空」と「無」の違いはどうかというと、「無」は「何かが無い」ことを意味し、「空」は「有るべきものが無い」もしくは「有るはずのものが無い」ことを意味する。さらに中身だけではなく、容器そのものが有るのか無いのか、はっきりしない場合も「空」という言葉が使われる。人はみな、この世の神羅万象は確実に有って、中身もしっかり入っていると信じてやまない。これが迷いの根源であるとブッダは見抜いたのだ。

そしてこの世のそういう在り方を、大乗仏教は「空」という言葉で表現した。「空」には様々な面が秘められている。その中で最も大切な性質は無限のエネルギーである。人はともすると中身が入っているほどエネルギーが高いと考えがちだが、満員電車のように中身が入っているほど固着して身動きが取れなくなる。中身が少ないほどエネルギーは自由自在に活動できる。すなわち「空」であってこそエネルギーは最高度に活動できるわけだ。「空」はベクトルを持たないエネルギーが充満して状態なのだ。

「間」という概念に戻る。明治大学の神代雄一郎氏の建築意匠論によると、九間(ココノマ)が全盛を極めた時代があったという事実を指摘している。足利義政の東山殿にあった会所の主座敷、嵯峨之間がその代表としてあげられている。会所とは、ミーティングのために特別に設けられた座敷で、室町時代に連歌会や茶寄合など寄合性を特徴とする文芸や芸術と密接に関わりながら本格的に日本建築の中にあらわれた。足利義教の室町殿の寝殿にも仁和寺にも九間があり、中世の住宅の中の寝殿、会所には傑作が多い。主座敷の典型としての三間四方の正方形という形式が持つ中新世・四方性は能舞台や鞠懸(マリガカリ)、さらには城郭の天主や軍船にまで現れている。神代氏がもっとも好きな日本の部屋は二畳上段わきに付け書院のある残月亭であり、飛雲閣の柳の間である。

「昔の人たちが六間(十二帖)に感じた空間意識と現在の日本人が六帖に持つ空間意識はほぼ同じ、九間(十八帖)の空間意識と十帖の空間意識もほぼ同じ」時代とともに何時しか日本人の空間意識は半分に切り詰められたのだ。神代氏はこの切り下げに抵抗し「間」の復活を主張してきた。神代氏の九間論は史的考証ではなく、現代にも応用がきく意匠論であった。その論の射程ははるか古代の農耕集落の中核における、柱と柱の間から派生した「間」という感覚、観念そして無意識の生成の始原へと向かう創造力であったのだ。

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むすびとして
パワープレイスは「場所」を動かすスイッチとして、
かたる(物語を生み出す場所を醸成する)
もてなす(金銭沙汰ではなく相手の為に手間暇かける)
ひろげる(違いを認め、違いを理解し多様性を知る)
あそぶ(自由であることは夢中になれること)
のる(状況に応じて醸成されるグルーブ感とドライブ感)
まなぶ(学習は「まねび」、物真似から始まる)
つくる(「協創」は発送を自由にし、共有・共鳴する)
の7つをあげている。そして、このスイッチを押すのは人である。

今回の最後に、個人と集団の精神構造について触れておきたい。個人にはすでに矛盾があり、超自我、自我、エズに分けられる。超自我からの命令―これは道徳的規範ということになっていて、簡単に言えば善悪である、そして自我は損得で、エスというのは快不快である。端折って単純化して言えばこうなる。だから善悪と、快不快というのはしばしば矛盾する。これは悪であるけれど快感であるとか、快感であるけど損であるとか、だから個人というのはこれらの葛藤や矛盾を常に抱え込んでいる。そういう葛藤の構造が社会の中でも葛藤の行動と同じになるわけだ。

ここで抑圧というものの起源を考えると、初めは自己抑圧で、人間が自分の欲望を抑圧するのは、他から禁止されたり押し付けられたりするからではなく自己抑圧である。人間は本質的に自ら自分の欲望を抑圧し自分を正当化する存在である。人間は自分の欲望を全て満足させることができない、だから自分で自分の欲望を抑圧する、「自分はそれをしてもいいんだ」というジャスティフィケーションとして、他の権威を持ってくるに過ぎない。そうすることによって、自分の無力と直面せずに済み、自尊心を守っているわけである。自分が現実とずれているとか、欲望に対する限度がないことを知らないということに、加えて人間の欲望は相矛盾している。

一つの欲望を満足させることが他の欲望を挫折させることになる。だからそういう欲望を整理する規範というものが必要となってくるわけで、その規範のために外的権威を必要とする。だから権力というのは自己疎外で、抑圧的な権力と見えるものは、人間の自己抑圧の外在化なのだ。抑圧的な権力を、人間の内なるものが支えている。これを自覚すれば、そこに在る自己疎外を克服する可能性が生まれてくるのではないかと思う。

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社会というのはどうやって変わっていくのか、集団の精神構造と、個人の精神構造は同じなのだ。個人というのはそれぞれに歴史を背負った存在で、集団にも歴史があり、同じく歴史を背負った存在なわけである。集団というものは共同幻想で支えられていて、ここでいう共同幻想は集団を構成している各々の個人の持つ私的幻想を共同化したものである。個人の持つ私的幻想には共同化された部分と共同化されていない部分がある。共同幻想というのは集団を構成するメンバー全員の私的幻想の一部分でしかなくて、あくまで一部分の共同化でしかないわけで、共同化されないで私的な幻想にとどまっている部分のほうがはるかに多いわけだ。どのような集団に属していようと個人は社会と自分との間にどうしてもしっくり行かない、場違いな感じがある。共同幻想というのは、一旦成立すれば固定化し、硬直化し、私的幻想を吸い上げていく機能がだんだん弱まっていく。

だから既成の集団に対して人間は常に不満であるが、この共同化されないで私的なものにとどまっている幻想も常に表現を求めるので既成の集団の中で共同化されない私的な幻想は、それが共同化できるような集団を作ろうとする力になるわけだ。そういう力で社会は変わっていくのでは・・・あるいは社会がまるごと変わらなくても、少数の私的幻想を吸い上げるサブカルチャーのようなものが沢山出てきてもいい時代になったと思う。

今月もいい「気づき」を頂きました。