理事長の橋詰です。1月定例会(2018/01/11)のレポートです。

2018年が明けました。
今年の定例会は社会医療法人「生長会」副会長 田口義丈氏の登壇から始まります。

テーマは「超高齢社会と人口減少での医療の未来」保健・医療・福祉の総合的ヘルスケア体制の確立である。
生長会の始まりは1955年(昭和30年)大阪府和泉府中市に開院した府中病院から始まった。創業者は岸口兄弟で、無医村での地域貢献の思いを込めて設立した。創業時の建築平面図をみると木造総2階建で、一階は診療室やサービス空間で2階に30床の病室があり全て個室となっている。診療科目は内科、外科、産婦人科で職員は24人で運営していた。現在は社会医療法人生長会として堺、泉州に集中して44の事業所、職員数約4900人、社旗医療法人の売上規模としては39,987百万円で全国3位である。社会医療法人とは救急や周産期、僻地医療など公共性の高い医療の担い手となる代わりに、税祭優遇などを認められた医療法人で都道府県知事が認可する。分類としては公益法人である。「生長会」は社会潮流の大きな流れの中で、環境変化に適応しながら成長してきた。

 MCEI20180101.jpeg

老いる世界、高齢化社会とは

総人口に占める65歳以上の老年人口(高齢者)が増大した社会のこと。高齢化社会という用語は、1956年(昭和31年)の国際連合の報告書で、当時の欧米先進国の水準を規準に、7%以上を「高齢化(aged)人口と呼んでいたことに由来するとされるが、定かではない。一般的には、高齢化率{65歳以上の総人口に占める割合}によって以下のように分類される。高齢化社会(7%〜21%))、高齢社会(14%〜21%)、超高齢社会(21%以上)人類社会は、一定の環境が継続すれば、ある一定の面積に生存している人口を養う能力の限界に達し、ある程度の時間が経過すれば、必ず高齢化が顕在化してくる。高度に社会福祉制度が発達した国家では、その負担に応じるために労働人口が子孫繁栄よりも、高齢化対策に追われ、少子化が進行し、さらなる高齢化を助長していく場合が多い。高齢化と少子化は必ずしも同時並行的に進むとは限らないが、年金・医療・福祉などの財政面では両者が同時進行すると様々な問題を引き起こすため、少子高齢化と一括りとすることが多い。

国・地域の人口構成は、発展途上段階から経済成長とともに、多産多死型→多産少死型→少産少死型と変化していく。

国連は2050年には世界人口の18%が65歳以上となると予測している。OECD諸国では現加盟国の全てにおいて、2050年には1人の老人(65歳以上)を3人以下の生産人口(20〜65歳)が支える超高齢社会となると予測する。

 

世界で類を見ない日本の高齢化

国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、日本の人口は2000年の国勢調査からは1億2700万人前後で推移していたが、2020年には1億2410万人、2030年には1億1662万人となり、2050年には1億人を、2060年には9000万人をも割り込むことが予想されている。一方、高齢化率は上昇が見込まれており、2025年には30%、2060年には約40%に達すると見られる。
2065年日本の人口は8808万人中位数年齢は、1970年のサラリーマンの定年年齢の55歳前後に上昇する。現在から半世紀前の定年制度を適用すれば、人口の半分は引退した人達という時代がやってくる。日本はすでに「超高齢社会」と呼ばれる状況だが、日本の高齢化が「世界でも類を見ない」と言われる理由の一つとして、高齢化の進行の速さがあげられる。医療の発達により平均寿命が伸びたことから、高齢化は世界各地で起きているが、国別に「高齢化率が7%を超えてから、14%に達するまでの年数」を比較すると、フランスは126年、ドイツで40年かかっているが、日本では1970年に高齢化率が7%を超えると、わずか24年の1994年に14%に達していて、さらにその13年後の2007年に21%を超えて「超高齢社会となっている。こうした「超高齢化社会」がもたらす課題として、総務省は15歳以上65歳未満の「生産年齢人口」の減少や、介護負担の増大を上げている。これは「働きながら家族の介護をする人」の増加を意味している。

 MCEI20180103.jpeg

日本の人口減少「慣性の法則」人口モメンタムとは

人口の増減は、出生、死亡、そして人口移動(移入、移出の多寡によって決まる。ここで移出入がないとすると、長期的な人口の増減は、出生と死亡の水準で決まる。そしてある死亡の水準下で人口が長期的に増えも減りもせずに一定となる出生の水準のことを「人口置換水準」と呼ぶ。1人の女性が一生の間に産む子供の平均人数を合計特殊出生率という。それを人口置換水準で表すと日本は2.07となる。人口問題研究所によると、仮に2010年以降出生率が2.07を回復したとしても、2070年代まで日本の人口は減り続ける。なぜなら人口を維持するだけの子供が10年から生まれ続けてもその子供達が出産年齢に達するまでは出生率1台の母数が小さい女性が出産適齢期であるため、40から50年まで出生率は低下をたどる。その間高齢者の死亡数は増え続ける。結果日本の人口は60〜70年間減り続けるメッモンタムが構造的に埋め込まれている。この日本の人口推移について「生物学・生態学の理論を逸脱している。」という有識者もいる。因みに日本の合計出生率は、第一次ベビーブームの1947年に4・54であったがその後減少し続け、1956年に2.22となり人口置換率を下回った。1966年(丙午)には1.58に下落したが、1967年に2.23に回復、第二次ベビーブームの1972・73年頃まで横ばいであったがその後漸減し2005年にはボトムの1・26に低下しその後1.5を下回る水準で推移している。

 

有史以来の人口爆発がもたらす世界の高齢化

長寿化とともに、世界では有史以来の人口爆発が生じている。国連人口基金(UNFPA)の推計によると、人類が誕生した十数万年前からおよそ西暦1000年までは、人類は10億人を超えることがなかった。ところが産業革命以降急速な人口増加が始まり、1950年の25億人から、2017年には76億人、2050年には98億人に、2100年には113億人に達するとされている。ただし予測には幅が在る。国連によれば、2050年の世界人口が94億人から100億人の範囲ある確率が80%ということだ。ここでは「注意予測」という将来の出生パターンが従来と大きく変わらない仮定する計算方法がつかわれる。人口増加を後押ししているのは出生率の上昇ではなく、寿命の伸びだ!現在生まれる人は世界平均で70歳まで生きると予測され、2050年に生まれる人は77歳まで、2100年生まれる子孫は83歳まで延びると予測される。
一方出生率は多くの地域で低下する。世界の女性一人当たりの出生率は、現在の平均2.5人から、21世紀末には平均2人に低下すると国連は予測する。出生率は自然にどんどん低下するわけではない。国連は家族計画とリプロダクトヘルス(性と生殖に関わる健康)に対し、世界規模の投資を求めている。出生率がわずか0.5上回れば、世界人口は2100年までに166億人に達すると予測されるからだ。2050年までに15歳未満の子供と60歳以上の成人がおおむね同数となり、労働力の点で経済に大きな影響を与える。20年後に予測される現実である。この予測が上回るか下回るか分からないが、一つ確かなことは、全ての人類が「分かち合い」を学ぶ必要あるということだ。

 MCEI20180102.jpeg

超高齢社会日本で生長会が描く医療の未来

以上繰り返し見てきたように、日本は現在高齢人口の急速な増加の中で、医療、福祉をこの問題に対応させることが喫緊の課題となっている。この高齢社会の到来は予想以上に医療、福祉の分野に大きな課題をもたらしている。人口比率が変わると疾病構造が変化し、要介護者の数が急増する。家族制度など社会構造変化もある。例えば都市の高齢化が進み事により単身高齢化率が上昇し、在宅で介護することが困難となる。
高度経済成長以来の流れの中で、都市部でも地方でも「地域社会」が崩壊していった。地域社会の地縁や、地域の生活インフラが徐々に失われてしまっている。地域住民同士の絆が希薄化し孤立する人が増えている。孤立死も問題となっている。このような社会状況の中で、高齢者を地域で支える「地域ケアシステム」が作られた。団塊の世代が75歳以上となる2025年を目途に、重度な要介護状態となっても住み慣れた地域で自分らしい暮らしを続けられるように、住まい、介護、予防医療、生活支援が一体的に提供される仕組み作りの構築である。「生長会」の取り組み、活動も地域の自主性や主体性に基づいて地域の特性に応じて構築されてきた。

生長会の取り組みとして@理念と医療と福祉の連携がある。1979年制定の理念は「愛の医療と福祉の実現」<やさしさ、慈しみ、生き方を示す、社会への約束、私達の存在意義>であり、地域住民のアンケートにより病院に求めるものを技術力・信頼感・優しさとし理念の共有も始めた。高齢化時代を見据えたベルランド医療福祉構想はこのチャレンジのスタートとなった。昭和57年5月竣工、当時縦割り行政の壁への挑戦でもあった。
二つ目はACSとディズニー研修である。平成7年の厚生白書で医療はサービス業とされ利用者中心、顧客満足度重視が掲載され競争が本格化していった。平成12年生長会もディズニーで60名がCS研修を受講した。これをきっかけに理念を更に具体化・体系化し、全社活動としてのSC21活動へと展開させていった。
三つ目はB医療の質向上である。1965年から1975年消費者運動の高まる中で、医療界は医療事故の増大に直面した。医療の質を問われた医療界は改善目標として安全性・有効性・効率性・患者中心志向・適時性・公正性を医療システムの目標とした。効果ある医療を、安全を確保して、要望に沿い、早く、安く、待たせず、これら全ての質の向上である。ここでの医療法人は非営利組織の運営であることを再度認識することが重要である。ミッション(使命感)に働きかけるということだ。安全な食事の提供を目指し、堺市のO-157をきっかけにベルキッチンも開設された。
四つ目はC機能分化と地域連携である。人口問題を受けて社会保障制度改革国民会議報告書の考え方は自助、自立、共助、公序(地域で互助)と社会保険方式を基本とする財源の考え方は、社会保険料+税金で給付と負担の公平性と世代間の公平も目指す。1970年モデルから2025年モデルへの変換である。医療は「いつでも、すきなところで」から「必要なときに必要な医療にアクセスできる」医療に、「病院で治す」から「地域全体で治し、支える」医療に、高齢者の疾病構造の特性、変化に合わせて医療はその提供体制を医療と介護の一体改革で、病床の機能分化と退院患者の受入体制の整備を同時に行う。在宅医療と在宅介護を充実させる提供体制を地域ネットワークによって地域包括システムとして構築する。このシステムの連携拠点としてベルアンサンブルが平成24年に開設された。医療・介護・住まい・在宅支援の一体施設である。これが医療提供概念の拡大だ、医療は個人から地域へと視点を広げていく。その中で地域医療連携推進法が平成29年施行された。
五つ目は人材育成である。医療サービス・機能は人材で決まる。田口氏が強調するところである。まず人材像を明確にして理念に賛同共感できる人材を確保する。内外での研修で人材育成を強化。職員の参画と評価処遇体制の構築を計る。サービスは人が決め、人の成長は法人の成長である。人材確保と育成は採用、教育、評価、処遇の充実から。そして生長会の発展は看護助産専門学校から大きな意義を見出していく。

 

非営利組織が教えてくれる組織の未来とは!

田口氏による生長会の成長要因を5つ挙げている・看護師等の重要性に気づいていた・理念の浸透と共有に努めてきた・医療と福祉の連携に挑戦してきた・早期からの非営利性が寄与した。・事業計画による運営を行ってきた。・常に質を重視した運営を心掛けてきた。この5つをドラッカーの概念と対比させてみたい。

今日の非営利組織は損益の概念がないからこそマネジメントが必要なことを知っている。ミッションに集中するにはマネジメントを駆使しなければならない。ところがこれまで、非営利組織のマネジメントのためのツールがほとんど無かった。私の知る限り、ほとんどの非営利組織の成績が「並」である。努力が不足しているわけではない、懸命に働いている。問題は焦点がぼけているところにある。加えて経営ツールの無いことにある。「最も重要な五つの質問」この質問は、今行っていること、行っている理由、行うことを知るための経営ツールである。次の五つの問からなる。

「われわれのミッションは何か」「われわれの顧客は誰か」「顧客にとっての価値は何か」「われわれにとっての成果は何か」「われわれの計画は何か」いずれもミッションに焦点を合わせ、成果をあげていくためのもの。<P.F.ドラッカー著「非営利組織の経営」>

医療の根本はいつも不変。制度は変わるが患者の不安は変わらない。医療のミッションの確認と患者の期待に応えるのみ・・・ <生長会・田口義丈氏>

 MCEI20180104.jpeg

結びとして

1969年「断絶の時代」で、ドラッカーは多元化時代の到来を説いた。社会全体が多元化していくならば、その中心を占める組織も、マネジメントも多元化していくと考えるのが自然である。ドラッカーが注目したのはそのような多元化した社会の実相であった。ドラッカーの視野の中心は人と社会にあったから、営利組織と非営利組織の間にさしたる区別はない。ともに成果を上げ、同時に個人に市民性を与えるべく期待される組織であることに違いはない。人口問題、マネジメント、組織、我々マーケティングの実務に関わるものにとって未来を予測するにあたって示唆に富む年始定例会となった。私にとっても、50年前、父の書棚で読んだドラッカーの「断絶の時代」だったが、なにか腑に落ちたように感じている。