理事長の橋詰です。9月定例会(2016/09/08)のレポートです。

天才角田陽一郎とは

本日お迎えしたゲストは、マーケティング研究会にはちょっと珍しい、テレビ業界からのゲストです。
バラエティ番組の企画制作をしながら新しいメディアビジネスをプロデュースする角田陽一郎さんです。
「さんまのスーパーからくりテレビ」「金スマ」「EXILE魂」など誰もがこれ聞いたら絶対「知ってる!知ってる!」というのを作ってしまった人です。

角田さんのプロフィールということで1970年千葉県生まれ。
東京大学文学部西洋史学科卒業、1994年TBSテレビ入社以来21年間バラエティ制作部に所属。映画監督もします。
ご本人も鼻につくという「東大卒」「天才プロデューサー」の肩書を持つ!
番組制作の現場では出演者にプレッシャーを掛けながらどこまで演出でどこまでが本当なのかギリギリのところで人気番組を作り続けてきた。
そのようなTV局での日常の中、たまってしまったタクシーの領収書の処理に苦労しているとき、局のTVに堀江モンが660億でTV局を買収しようとしている報道を目にした。
東大でほぼ同期であるが、自分は660円の領収書の処理、堀江は660億円で買収劇。あまりに大きな違いに角田は衝撃を受けた。この出来事がその後の角田を変えていった。

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バラエティプロデュースとは

バラエティ的思考で観点を変えてみて体験してみることが今必要!組み合わせの新しさや置き換えてみること、例えば一神教と多神教の違いをヤザワとAKB48との違いに置き換えてみる。
何か始めようと考えたら必ずタイトルを付けてみるとか。角田氏は「レッテルで人を判断したら、全然面白くないですよ」と考える。
自分でその人と話してみたり、自分でその場所に行ってみたりして、体験したうえで好きなら好き、嫌いなら嫌い、つまんないならつまんない、面白いなら面白いを判断するのがバラエティ的生き方だと語る。著書「成功の神はネガティブな狩人に降臨する」のテーマでもある。
また、バラエティプロデューサーになった理由を、例えば教育って「良い教育を受けるのが教育」みたいな世の中の通念みたいなのがあると思うんですけど、教育者として不適格な教師とかも体験したほうがいいし、ビジネス指南本とかの「こうやるとあなたは豊かになれますよ」とか、「こういうテクニックがあるとあなたは素晴らしい人生を送れますよ」みたいなことが書いてあるけど、「いやいや、ダメなことも体験しろよ」というか、「そうだとダメなんだな」とか「あいつムカつくな」っていうのを体験した上で、自分がどう行動するのかっていうほうが面白くないかなって思うんです。
自分がバラエティプロデューサーって名乗ってるのは番組だけじゃなくてそういう生き方としてバラエティに様々なことをやるということで、なんでもインプットしちゃっていいんじゃないかと思うからなんです。と語る!


放送の新しいつくり方―ゼロ次利用とは

クライアントがあまりわかってくれなかったら、そこまでのものになっちゃうということがある。
採用者に採用してもらうために企画書を書くのではなく何をビジネスモデルとして先にやるか!採用不採用ではなく、実現するかしないか。
自分はバラエティ番組のプロデューサーだとずっと思っていたんですけど、最近はバラエティプロデューサーと名乗っています。
バラエティって色々という意味ですね。最初はテレビというフレームの中で企画を考えていて、いつもそこに落とし込もうと思っていました。
でも、そうじゃなくって、面白いものがあって、それが結果的にテレビで放送されているという風に、原因と結果を逆にしちゃってもいいんじゃないかなって思ったんですね。
放送前にクライアントと一緒にビジネスモデルから作ろうという形です。そ
こは気持ちの問題ではあるんですが、ゼロから一緒にビジネスモデルをつくりましょうよ!とできたものが1次の放送で拡散されて、それが結果的に広告にもなるし、PRにもなるんだと。

視聴率に関係なく、大人が本当に見たくなる番組「オトナの!」はゼロ次利用になる。
「オトナの!」はTBSテレビで放送されていた関東ローカルのトークバラエティ。
2012年1月11日から2015年6月30日まで放送されていた。放送時間は、毎週水曜深夜1時46分からで、MCはいとうせいこう、ユースケサンタマリアだった。
普通はテレビに出ない人も出る。その人が話したくないことは話してもらわない、話したいことを話してもらう。
映画やアルバムや著作などその話だけ深く話してもらう、いいスパイラルの四年半であった。
目先の場当たり的な売り上げよりも本質的なことを多視点で見て、そしてあぶり出す。これからは学歴やタテマエはいらなくなる。
情報革命が進み、モノゴトはエモーショナルに向かう、要するにPR・広告ありきで作るのではなく、まず面白いものをつくりましょうと言っている。
だからゼロ次利用が新しいメディアとか、広告の在り方として根付くと、「ゼロのところにお金がいく=つくりてにお金がいく」ということになる。
結局作り手にお金がいくようにならないと、どんどんピュアに面白いものが減っていくという危惧が根底にある。
「その予算はどうなるの?」という話になると途端に難しくなる。
ゼロ次利用的な考え方でいくと、「何をビジネスモデルとして先にやるか?」がありきなのでスポンサーもいて、流通のシステムもゼロ次として作ったうえで、1次利用として放送する、プロトタイプに近い考え方である。
テレビの使い方ってそう考えるとまだまだ未来が在るという話になる。

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未来につながる「バラエティ的思考」とは

情報革命が進むなか、大量生産大量消費社会から少量共鳴社会が訪れつつあるという。
調査・研究など調べることはスマホ、PCで検索できそれが正しいか正しくないかではなく自らの経験と知識で取捨選択していくことが大事である。
従来の「広告」はたぶん大きく変わる、「告広と」逆転するかもしれない。
広く告げる必要はなく取捨選択された本当に大事なことや本質告げて広げていくことになる。
今あるマーケティングも感情やエモーショナルな要素を見えなくしていて広告を裏付けるマーケティングデータは売りやすく、買わなきゃ損と思わせるようなあたかもサギのようなことになっている。
これからは資本主義に代わり時間主義となりお金を儲けるという概念は古くなる。
人間の生き方も一変し、次に来る少量共鳴社会は価値観が大きく変わっていく。
一つはお金より時間が人生の価値となる。資本主義から時本主義へ!自分の時間を何をするために使ったか?そしてその時間がその人にとってどんな経験となったのかが大事。
二つ目はひとりひとりの心にどのくらい響いたか、人それぞれの影響力!
三つ目は年代別、年収別マーケティング等が無力化する。
そこで未来志向の考え方「バラエティ的思考」が多視点で判断し行動を最適化する。
宣伝広告・IR・経営戦略・製造開発・採用社員教育など分業分断されたものをまとめてゼロ次で最適化できないか。
バラエティ戦略会議を定期的に開催しバラエティプロデュースで最適化する。
言わばアイデアの産地直送でクライアントに届けることができるオモシロイのクオリティを上げるためのプロとタイプである。
タレント、文化人を招いてイベント→放送TV→拡散WEB、スマホ→出版(イベントを再編集してアプリ化)→スクールで定着→のサイクルの中心にバラエティ戦略会議がある。


歴史で導くバラエティ的未来とは

「最速で身につく世界史」は人間関係分析である。
現在は明治維新や古代ローマがキリスト教社会に変わった時に匹敵するようなすごい転換期にいるのに、実感を持って理解している人は少数である。
明治維新1867年の前後も同じ人々その歴史の転換点を日常生活の中で通過していった。
それでも今、産業革命よりもすごい情報革命を私達は通過しようとしている。
1986年アルビン・トフラーは「第三の波」を出版した。
第一の波は農業革命で自然×労働を富に変えて国家と宗教を生み出した。
第二の波は産業革命で本質な第一の波と同じだが資源×動力で巨大な富を算出し株式会社、資本主義、イデオロギーを出現させた。
第三の波は情報革命でモノそのものの価値よりもそれに内在する情報に価値がある。物質よりも情報に価値がある時代を迎えている。
情報革命が進む中で企業が直接生み出すものは力を無くしていく。
ソフトバンクの孫氏によると2045年に私たちは特異点を迎える。AIが人のIQを超える、AI(人工知能)のIQは10000を超える。
この30年私達はどういう道程を歩むのか、わざわざつくる、いちいちやる、わざわざいく、しか人生の価値を見いだせないのか。
やりたくないことをしなくていい以上じぶんのやりたいことのみをせざるをえない。
これが情報革命の一つの側面である。角田氏は講演の最後に映像を放映した今までの宇宙観を変える新鮮な映像である。
1867年までは天動説<主観>でその次に地動説<客観>が世界をおおい、そして新しい太陽系のモデルは動きの本質に基づく<スパイラルライフ>廻っていようが廻されていようがどうでもよくてその様に社会とか人生を考えるとバラエティ的思考に行き着く。
“The Spiral System is part of life.”

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天才角田を生み出した背景とは<結びに変えて>

80年代に広告の中心がテレビに移り、「会社」によって仕掛けられたテレビ中心の大型キャンペーンが時代を席巻する90年代に角田氏はTV局に入局した。
彼が生まれた70年代は過渡期で、広告が商品の品質訴求から、イメージ訴求へと変わるときであった。
広告の訴求ポイントは「モノ」から「コト」に移行していった。
1980年のコピーブームはそのような時代背景の中で生まれていった。
「コト」を語ることはヒトを語ることだし、想いを語ることだし、生活や人生を語ることだから、従来の「モノ」を語る時より広告は深度をもつことができた。
もうひとつ付け加えます!
時間を圧縮した近代:ル・コルビジュエの近代建築の5原則やサヴォア邸、ミースのファンズワース邸は時間のディメンションをゼロだと考えた時に可能になる自由度を提示している思っていました。
近代的な思考やその現われとしてのデザインは、時間を排除するなかで可能な価値のあり方をしめしたものです。
それは近代建築のみならず、その背後にある近代技術、資本主義経済、高度情報化、それらが生み出す社会構造も含めた、20世紀を通した大きなトレンドだったのではないかと思っています。
記憶を主要な媒体にせざるを得ない時間という存在は、最終的には個人に帰着するものですから、一般化しにくいし扱いにくい。
効率が悪いから排除されてきた。
ハイデガーが近代的思考に切り込もうとしたのもこの点であったはずです。・・・・・・当然のことながら資本主義経済の原理として、モノが貨幣価値に代わるとき、すなわち売買されるときに金銭的な価値が最大限度高まるように欲望が誘導される。
内藤 廣 1950年神奈川生まれ 1976年早稲田大学大学院修士課程修了

以上今月私自身ややエキサイトしていて懇親会後の集合写真をわすれてしまいました!

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