理事長の橋詰です。4月定例会(2016/04/14)のレポートです。

桜の満開が過ぎた大阪天満橋は造幣局の桜の通り抜けで多くの人が行き交っていた。
天満橋八軒家は古くから熊野街道の起点である。平安時代から多くの貴族、庶民が熊野詣へと旅立ちそして帰ってきた交通の要所であった。
そこに佇むOMMビルに今回は法政大学大学院創造研究科の増渕敏之教授をお招きしてコンテンツツーリズムのお話をしていただきました。
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増渕氏は明治大学文学部地理学科を修了され、その後東芝EMIやソニーミュージックエンタティメントなどメディアコンテンツビジネスを30年経験されその後法政大学地域研究センターリサーチアソシエィトを修了、東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻修了され2007年より現職に在ります。

8年間の教員生活で5冊の本を執筆されています。2010年欲望の音楽、2010年〜物語を旅する人々T〜V、2012年路地裏が文化を生む、その他共同執筆は17冊に及びます。
経歴を伺うだけでも一筋縄では理解できない多彩で多面的な才能を持たれたエキサイティングな人ですが決して肩に力の入っていない飄々とした印象を受けました。
桜の吹雪ととても相性のいい方です。

今、アニメ・マンガ・映画を活用した観光創出の事例が全国で増えている。
クロスメディアにより映像化されたものはその訴求力を強める!
2006年以降のデジタル技術のイノベーションの後は映像の背景に使われる風景は物語のイメージをその場所に定着しイメージの強度を強めている。
現在社会に影響を与える聖地巡礼を中心としたコンテンツツーリズムは観光文脈だけではなく、地域の再生や活性化と結びついて重要度を増している。

コンテンツツーリズムとは、その根幹は?
国土交通省、経済産業省、文化庁から出された「映像コンテンツ制作・活用による地域振興のあり方に関する調査によると、地域に「コンテンツを通して醸成された地域固有の雰囲気・イメージ」としての「物語性」「テーマ性」を付加し、その物語性を観光資源として活用することである」としている。
コンテンツツーリズムは文化観光の一種になると思われるが、これは近年の文化と経済の関係性についての議論が活発化してきたことが背景にある。
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残念ながら日本はひたすら経済偏重の路線を歩んできて文化と経済は別物と扱われてきた。東京一極集中の社会システムが全国的な文化の均等化を生む要因となって都市を均質化させていった。
1962年以降の「全国総合開発計画」による「国土の均衡ある発展」はある意味地方都市の「東京化」であって消費市場においては有効であるが、同時に地方都市内部のアイデンティティ喪失の可能性もはらんでいた。アイデンティティの形成が若年層中心に進まずに、彼らの域外流出を促進させていった。

コンテンツツーリズムという新しい言葉は日本の歴史をたどってみると古くからある。平安時代の歌枕を巡る旅や神社仏閣を巡る巡礼などは観光として捉えられる。日本人ほど旅を愛した人々はいない。日本の文芸から旅を除いたら何も残らないといってもいいほどである。
巡礼は日本だけに行われたのではなく、世界のあらゆる宗教につきものだが、長年の間に完全な組織をつくり上げ、一般民衆の中に浸透し、ある時期には「巡礼の人、道路に織るが如し」という盛況を呈したのはおそらく他の国では見られない現象であろう。自然それは純粋な信仰から離れ、熊野詣や伊勢詣と同じく半ば遊興化した。日本はある種コンテンツツーリズム先進国であり濃密な交通空間の歴史を持っている。

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1970年大阪万博では6400万人の人員輸送量の確保が当時の国鉄の命題であった。それまでは団体旅行、社員旅行が中心であった旅は「ディスカバージャパン」のキャンペーン以降一人旅を促進していった。「アンノン族」など個人が行きたいところを選択していける旅が主流となっていった。
旅行という形態が多様化し始めたのだ。しかし同時に東京と地方の格差が広がる一方で、地方都市の中心街の空洞化が進み1991年「大規模小売店舗法改正」で大型SCの郊外出店が相次ぎ、地方都市は衰退していった。
例えば、評論家の三浦展(2004年)は『のどかな地方は幻想でしかない、地方はいまや固有の地域性が消滅し大型SC、コンビニ、ファミレス、カラオケ、パチンコ店が建ち並び全国一律の「ファスト国土的大衆消費社会」となった』と一種の郊外論を提唱した。

このような状況の中コンテンツツーリズムは場所のイメージを創る、再生する。
ここで求められたのは、新たな形での観光創出であり、その中で若者に支持されるマンガ、アニメへの注目が進んできているのは自明のこと、地域でのコンテンツ産業創出と産業の地域分化を進めなければならない。東京が全てを独占する時代は終わった。

コンテンツツーリズムは移動人口を増大させ地域分散とその経済を活性化させる。
アニメの聖地巡礼は現実の「いま(正史)」に対して何らかの架空の起源(偽史)を与える想像力の一つであるが地方都市が重ねてきた現実の歴史と重ね合わせることによりリアルに長く定着できる可能性がある。「虚構」の作用としての物語が現実世界を読み替えて再生させる。増渕氏のお話、いや講義は大変深い興味をいだきました。

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最後に地方都市を「源都市」として「交通空間」として外部と内部の境界として再生する活動のために、一文を掲載します。
ミシェル・セール 「ヘルメスT」序文
<・・・・コミュニケーションを行うことは、旅をし、翻訳を行い、交換を行うことである。つまり、<他者>の場所へ移行することであり、秩序破壊的というより横断的である異説<異本>として<他者>の言葉を引き受けることであり、担保によって保証された品物をお互いに取引することである。ここにはヘルメス、すなわち道路と四辻の神、メッセージと商人の神がいる>  (豊田 彰・青木 研二 訳)